★ 【銀幕市民運動会】お弁当をいただきます ★
<オープニング>

 秋晴れの青空に花火の音が響く。
 いよいよ「銀幕市民運動会」の日がやってきた。自然公園の競技場には朝から、たくさんの市民の姿があった。ムービースター、ムービーファン、エキストラの区別なく、紅白2陣営に分かれてのさまざまな競技が行われる。
 出場者の呼び出しを行うアナウンス、チープなのになぜか心浮き立たせるBGM、賑やかな出店の喧騒、そして応援の歓声――。
 それはきっと世界中を探しても、今の銀幕市でしか実現しえない一日になるだろう。

 そして。
 気づいたものがいただろうか。
 その日、とある事件が、運動会の片隅で起こっていたことに――。

 ★ ★ ★

 運動会が白熱している中で、彼らは動いていた。こっそりと、人の目のつかぬ影で。
「はぁああああ」
 それは、もう深い深いため息が顔だけは美形だが、その中身はただの女好きのホラーコメディ出身の吸血鬼が立っていた。
「この世ニ生を受ケテ、イツダッタワスレマシタガ……まったく、この世は理不尽ガ多いト思イマセンカ。我が友のブルマ大好き悪魔さん」
「運動会はブルマだろう。ブルマ」
 見た目はしつこいようだが美形である長い黒髪を一つにまとめて肩にたらしているブルマ大好きでブルマ召喚しか才能のない悪魔は、運動会イコールブルマ見放題だと信じていた。
「私タチミタイナ、そんなウケルシカナイヨウナキャラには、何カト苦労も多いと」
「ブルマ、ああ、ブルマ」
「ソリャア、ミナサン、イロイロトある。人生イロイロ、やり方イロイロデスヨ、ケドネ」
「ブルマ、ブルマ」
「お前ら、話がかみ合ってないぞ」
 ここに一人、またしても無駄に美形な男が一人。黒と白の混ざった短い髪に、黒色でまとめられた『殺し屋』である。
 吸血鬼、悪魔同様にホラーコメディシリーズのキャラの一人である。
 彼は至極真面目な顔をして二人の同じ出身の映画キャラたちを見た。
「お前ら語るなら、一つ一つ語らないか。それも愚痴とブルマって、馬鹿じゃないのか。お前ら本当に」
「ダッテ愚痴リタイお年頃なんでスモノ!」
「だってブルマを愛したいお年頃デス!」
 どうして、こういうときだけほぼ同じタイミングで叫べるのか。人の話を聞いてないようで、ばっちりと聞いているから、厄介なやつらだ。
「だがな、俺も、ここで出てきたんだ。折角だ。あいつらに挨拶の一つもするかとおもってな。こんなことをしてみた」
「ワッツ?」
「決まっている。運動会っていたら、弁当があるだろう。それをいただくんだよ! 男は派手に生きろ。派手こそ我が命! みろ。参加者たちの弁当を奪ってきたぞ」
『殺し屋』が誇らしげにとってきた弁当を見せる。
「殺し屋ガ目立ッテ、ドウシマスカ。弁当ナクテモ買エバイイコトデスシ……ハッキリイッテ地味?」
 吸血鬼のつっこみ。
「う、そ、そんな、そんな風に言わなくていいじゃないか。いじいじ、だって、俺、俺、殺し屋で、いっつも夜に相手のベッドに忍び込んで、殺そうとして、なんかよくわからないけども撃退されちゃうんだよ。いじいじ、俺だって目立ちたいよ。太陽きらきらのところで目立ちたいよ。ああん、ママン、ママン、ぼく、ぼくぅ〜〜」
「おー、よしよしデス。大の男がしゃがみこんで、いじけている姿は、どうかと思うデスよ」
「『殺し屋』、ソノ、コンプレックスの塊で、口でつっこまれると、すぐに幼児帰りする癖、ソロソロナオシタラ、ドウデスカ」
「だって、だって、ぼくぅ、人と話すこと、まったくないんだもん。いっつも寝ている人のところいってるもぅん」
「うー。だって。ぼくぅ、すごい? ずごい。すごい。飴をなめるもん。そしたらすぐに……復活! 俺は、俺は……今度こそ大々的に目立ってやるだ。ははははは」
 腰に手をあてて高笑いする『殺し屋』を吸血鬼は冷めた目で見つめた。
「……アノ人、役柄が目立タナイ人ダカラ、ココニキテ、目立ツコトニ命モヤシテマセンカ?」
「それに、あいつ、忘れてないデスカ? ここぞというとき、必ず物が落ちる体質」
 高笑いしている『殺し屋』の上に思いっきり盥が落ちた。さて、その盥がどこからか落ちたかは不明であるが、それでも『殺し屋』は拳を握り締めて叫ぶ。
「俺は、こんな『ここぞというときに何かが落ちてくる体質』なんかに負けずに、目立ってやるぞ!」
 そういった彼の上に思いっきりバケツが落ちた。

種別名シナリオ 管理番号801
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
クリエイターコメント目立ちたいと本人は豪語してますが、天性の裏方で『ここぞというときにものが落ちてくる体質』の『殺し屋』が、みなさんが気持ちのいい汗をかいているときに、そのお弁当を狙っいまくっているようです。気配を殺すなんておちゃのこさいさいだそうです。
 ホラーコメディ『殺し屋』は、武器ならば、なんでも扱えます。その服には常に様々な武器がありますが、ここぞというときにはどうしてか上から物が降ってきます。また、彼はすごくコンプレックスの塊で、口で言い負かされると子供返りしてしまうようです。自力で飴を嘗めて回復するようですが……

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ジナイーダ・シェルリング(cpsh8064) ムービースター 女 26歳 エージェント
真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
<ノベル>

「ない。ない、ないっ!」
 二階堂美樹は悲鳴のような声をあげて、血眼になって自分の荷物をまさぐった。鞄の中身を一度全部だしたが、目的のものがない。
「うっそー、ない!」
 運動会の競争に参加して、気持ちよい汗をかき、ついでに競争の出し物のせいで口の中が最悪な後味である彼女は、お弁当を食べて口直しを考えていた。なのに、その肝心のお弁当がないのだ。頭の中で今朝の自分のことを思い出す。ちゃんとお弁当だっていれてきたはずだ。なのに、ない。
「お前も被害にあったのか」
「え、あっ」
 振り返ると腰ほどの長い髪をしたスレンダーな体型の美女が立っていた。
「あなたは」
「ジナイーダ・シェルリング」
「私は、二階堂美樹です。え、あの、被害って」
「この弁当騒動を聞いてな。呆れているところだ」
 ジナイーダが腰に手をあててため息を漏らす。
「なんでも、弁当が盗まれているらしい。お前も被害者のようだな」
「お、お弁当が盗まれてるんですか!」
「ああ。弁当が被害というのは、微笑ましいというべきか……わざわざ運動会で弁当を盗むというのは宜しくないな」
 ジナイーダの説明を聞きながら二階堂は戦慄いた。
 せっかく食べようと思っていたのに。それがよりにもよって盗まれた。それを聞かされたときの二階堂の心は、荒ぶる怒りの神が降臨していた。もともと警官としての強い正義感もさることながら食べ物の恨みは恐ろしいという。
「許せない! 犯人を見つけ出します!」
「私も、あまりにも馬鹿らしいが、このままほっておくのもどうかと思って犯人を捜しているところだ。協力するぞ」
「ありがとうございます。絶対に、絶対に犯人、許すまじっ! この正義と食欲に懸けて捕まえて見せます」
「……食べ物の恨みは恐ろしいな」
 怒りに燃えている二階堂を見て、これは、犯人のためにもさっさと捕まえたほうがいいかもしれないとジナイーダは思った。

「ぶえくしゅん」
「殺し屋、風邪デスカ? 馬鹿ハ風邪ヒカナイ、アレ、ウソデシタカ」
「ブルマ、ブルマはどこだ。ああ、こんなところにいずに、ブルマを拝みたいデス」
「お前ら、二人とも煩い」
 殺し屋は傍にいる同じ映画の出身の美女大好き吸血鬼とブルマ大好き悪魔を睨みつけた。
 三人は運動会のお弁当盗み大作戦のため、派手だけども、こっそりとしようということで、運動会の端っこにたむろっていた。
 三人なりにこっそりとしているつもりであるが、大の男が三人、それも顔だけはいい美形どもが、地面に胡坐をかいている姿という異様さに周囲はあえて無視を決め込んでいた。
「それで盗んだ弁当をどうするつもりなんだい」
「ソウソウ、気ニナッテマシタ」
「ブルマ、ブルマの女の子たち、見たいデス」
「うっ。そこまで考えてなかった」
「やれやれ、いけませんね。最後まで考えて盗みというものはしなくては。美学に欠けますよ」
「ブルマ、ブルマはつけてこそ美学デス」
「マァ、小腹スキマシタシ、弁当を一つ。ドウセ、ナクナッタ人は、コンビニでも買ってタベルデショウ」
「ああ、それなら、私がほとんど返しておきましたよ」
「ん?」
「ブルマ……おっ?」
「……!?」
 吸血鬼、悪魔、殺し屋は三人揃って、気がついたら会話にさりげなくもくわわっている一人の男に気がついた。
「いつの間に! てか、誰!」
 殺し屋が懐からナイフを取り出して睨みつけた。
 運動会にシルクハットにマント、そして顔の半分を仮面で覆っている男は、どうみても怪しい。男はとうっと声をあげて、宙を回転すると傍にあった玉入れの籠に立った。
「ふっ、この私、joker、名乗るほどの有名人ではありませんよ」
「名乗ってる。思いっきり名乗ってる。ついでに妙にかっこつけてる!」
 殺し屋が叫んだ。
「おーい、そこのシルクハットの人―、のいてくれねーかー。これ、次遣うんだよ」
「あ、すいません」
 運営のおっさんに怒られて、大人しくもjokerは籠から降りた。
「派手デ、礼儀タダシイ人デスネ」
「ブルマ、履いてない」
「俺よりも目立ちやがったっ!」
 殺し屋がきっとjokerを睨みつけた。
「てか、俺が苦労してとったお弁当がない!」
「気がつくのが遅いな。悪いが君のとってきたお弁当はすべて私が持ち主のところに、こっそりとかえさせてもらった。お弁当の中身もぐちゃぐちゃにならないように気を配っておいたよ。これが返すべき最後のお弁当だ」
「オオ、薔薇ノ似合ウ男」
「派手だが、ブルマがない」
「お、おのれ」
 ちなみにjokerの手に持っているお弁当こそ、二階堂のお弁当である。
「それから、この美形吸血鬼! 先ほど、お弁当がなければ買えばいいといいましたね!」
「ン、アア、イイマシタケドモ」
「聞き捨てなりませんね。運動会のお弁当というのはそこらへんのコンビニ弁当とは違うのです。お母さん、お父さん達が前日から仕込みをしてこの日のために朝早くから起きてタコウィンナーやら玉子焼きやら梅オカカおにぎりを作るのです! ちなみに、このメニューはこのお弁当のメニューですが、これの蓋を開けるときは宝石や絵画を手に入れたときより勝る! むしろ運動会よりもお昼がメインです。そんなお弁当を盗もうなんて、私、許しませんよ? 因みに私は玉子焼きは断然甘い派です」
「ドウシマショウ、コノ、人」
「ブルマがないのは興味ないデス」
「うう、かっこいい……う、ひく、ひく、かっこいい。負けた。負けた……ううっ。ぼくぅ、まける。まけるのぉ」
「アー、殺し屋、シッカリスルデアリンスヨ。ほら、マイクでも奪って、かっこよく派手にすれば……」
 jokerの目立ちぷりにいじけて、その場にいじいじしている殺し屋に吸血鬼が声をかけた。そのときだ。
『あーあー、てす、てす。えー、お弁当泥棒! この声をきいてますね! てか、聞いてなさい! 私のお弁当を盗んだこと。とくと後悔させますからね! 首を洗って待ってなさい! え、あ、ちょ、まだ私は叫ぶの。きゃー、もう、邪魔しないでー』
 マイクをジャックした二階堂の堂々たる怒りと空腹による声が響いた。
 その声に殺し屋は思いっきり地に平伏し、子供返しをして咽び泣いた。
 二階堂美樹、その声だけで殺し屋をぶち倒したことを彼女は知るはずもない。
「アクマ、あなた、チョット」
 吸血鬼が振り返ったとき、傍にいたはずの悪魔は消えていた。この運動会というブルマが見放題の現場。彼がブルマを求めて彷徨っているのは確実だ。
「ワタシに、ツッコミシロッテカ!」
 このメンツでは、自分しかいない、吸血鬼はそう思った。
「ううっ、負けない。負けないぞ……俺はっ! そこの派手な怪盗、勝負だ」
 飴をなめなめしつつ殺し屋は叫び、jokerを睨んだ。
「ふっ、私はこのお弁当を持ち主に返すために忙しいんですが、いいでしょう。受けてたってあげましょう」
「よし、では、どっちが先にお弁当を盗むかだ」
「いいでしょう。で、どこのお弁当ですか」
「そうだな」
 殺し屋が視線を向けると、テントに大きなお弁当を見つけた。
「あれだ」
「む。あれは見事なる四段重ね! 確かに闘志が湧きますね。そのセンスは認めますよ。殺し屋さん」
「ふん、お前に負けず、目立って盗んでやる」
「目立ッチャ、盗ミデキナイトオモウンデスガ」
 根本的なことを吸血鬼はつっこんだ。この場で突っ込むのは自分だと思うから。
「では、吸血鬼さん、このお弁当を戻すのお願いします」
「エ、チョ、マッテ、ナンデ」
「私は殺し屋さんとの勝負に忙しいので」
「よろしく、吸血鬼」
「オマエラ、フタリトノ頭ノ上ニ、タライがオチレバイイ」
 吸血鬼は笑いの神にそう願った。

 太助は上機嫌に四段重ねのお弁当を見ていた。
「おべんとー、おべんとー。ばあちゃんのおべんとー。いなりずし、玉子焼き、鳥のから揚げ、おにぎりはわかめ」
 居候先の老夫婦が腕によりをかけてお弁当を作ってくれたのだ。運動会も楽しいが、このお弁当もとっても楽しみだ。自分の出る競走が終わったので、お弁当の周りをついうろうろとしてしまう。この中にはいっている美味しいごはん。早く食べたくてたまらない。
 しかし、太助は知らない。
 このお弁当が殺し屋とjokerによって狙われていることを。
 もう、ただ目の前の愛しいお弁当。早く食べたいお弁当。ついついお弁当に体をすりつけそうになってしまう。それをぐっと我慢してお弁当箱をじっと見ている。
 もう、お弁当以外、太助の目にははいってはいない。
「あー、食べたいなぁ。はやくたべたいなぁー」
 そろり、そろりと気配を殺した不審者、二名。
 片方は盗みのプロであるjoker。片方は気配を殺すプロの殺し屋。
 そろそろと二人が気配を殺し、太助と弁当へと向かう。気配を殺して近づくまでは容易い。だが、しかし、太助をどのように弁当から引き離すべきか。
「べんとー、べんとー」
 弁当しか見ていない太助を引き離すというのは至難の業だ。
 殺し屋が懐から武器のナイフを取り出す。そして、放つ。それは太助ではなく、テントの近くに置いてある組の応援旗を狙ったものだ。ナイフが旗の紐を断ち切り、ひらりと旗が太助の頭の上に落ちる。
「うわぁ、お、おお?」
「いまだっ」
 殺し屋が身を乗り出した。
 そのとき、どこからともかなく、思いっきりたぬきさんのぬいぐるみが、彼の頭上に落ちてきた。
「!?」
「もー、なんなんだよ」
 たぬきぬいぐるみが頭上に落ちてきている殺し屋をjokerが引きずり、回収した。
「いつも、いつも、いつも……ぼく、ぼくは……なにをやっても、いつもものがおちてきて。う、うう、ぐすん」
「殺し屋さん、しっかりなさい。まだ目的は達成してませんよ。ほら、涙は先ほどいただいた旗でおふきなさい」
「……お前、いいやつだな」
 砂だらけの旗に顔を埋めて、思いっきり涙と鼻水をかんだ殺し屋はjokerの胸に飛び込んだ。思いっきり懐かれてしまっている。

 その頃、二階堂とジナイーダはマイクをジャックしたことを軽く怒られて謝ったのち、気を取り直して弁当調査を開始していた。
「こういうの得意だから、任せて」
「ほぉ」
「絶対に捕まえるんだから。気配じゃないわ、痕跡を追うのよ」
「頼もしい限りだな……ん?」
「ブルマ、ブルマァ」
 調査に没頭していて周りが見えていない二階堂の隙あるブルマ姿にうっとりとした悪魔が見ていた。
「貴様……セクハラだぞ」
 ジナイーダが悪魔を睨みつけた。悪魔が慌てて逃げようとしたとき、彼は何もしてないのに転んだ。
「ん、なにかあったの?」
 二階堂が起き上がるとジナイーダが呆れたように笑った。
「いや、なに。変態がいたんだが、自滅した」
「はぁ? 変態。そういうのは許せないわ。まったくお弁当泥棒といい変態といい、なんなのよ」
「変態とは聞き捨てなりませんね。変態は変態でも、ブルマの変態といってください。あと、お弁当を盗むような殺し屋と同じにしないでくださいデス」
「お弁当を盗むような?」
 二階堂が身を乗り出す。
「ちょっと、あなた、犯人を知っているの? 弁当泥棒の」
「知ってるもなにも、弁当を盗んでいるのは殺し屋だろう。ブルマ、ブルマ」
「案内しなさい」
 二階堂が悪魔を睨みつけた。
「忠告しておくが、はやく言うことを聞いたほうが賢明だぞ。そのブルマの変態」
「あ、ん、な、い、し、な、さ、い」
「……はい」
 二階堂の怒りに戦いた悪魔は容易く仲間を売り渡した。

「太助くーん、こっちー」
 同じ組に属する子に呼ばれた太助はお弁当をちらりと惜しげに見たあと、すたすたと歩いていく。その隙を逃してなるものか。逃したら最後、もうお弁当を盗む機会なんてない。
「いくぞ。joker」
「ああ、もちろんだ。殺し屋」
 気配を殺し、太助の四段重ねの弁当を狙っていく。
 ようやく弁当の前まできたときだ。
「おーし、おわったぁ」
 太助が軽やかな声とともに戻ってきた。それも応援のために女の子というリクエストで美女――もとい美狸のひまわりちゃんになっている。ブルマ姿である。
「く、せめて、弁当を盗んで」
 殺し屋が弁当を持って逃げようとしたときだ。
「ブルマ!」
「ヤマトナデシコ!」
「げふぅぅ!」
 思いっきり頭上から――どのような仕掛けかはコメディの要素として不明であるが、殺し屋の上に悪魔と吸血鬼が降りてきた。そして二人はきらきらとした目でひまわりちゃんを見た。
「ブルマ、ブルマ〜」
「オウ、コスプレヤマトナデシコ!」
「おう、なんだ、お前ら」
 二人の見た目だけは無駄な美形に囲まれてひまわりちゃんもとい太助は困惑した顔をした。
 それにたいして地面に思いっきりめり込んだ殺し屋をさっさと頭上からの落下物を避けたjokerが棒でつつく。
「生きているかい?」
「う、ううっ。なぜ、無傷」
「それは、もちろん、私が怪盗だからだよ」
「うー」
「あー、いたー」
 不意に遠くから声があがった。
 二階堂とジナイーダだ。
「突然、悪魔がいなくなっちゃうから探したわよ」
「まぁ、うるさいので一発でわかったがな」
「二階堂サン、こいつですよ。殺し屋」
 悪魔が殺し屋を指差した。
「悪魔、お前……仲間を売ったな、いま!」
「ブルマ以上の正義なし」
 悪魔の言葉に友情なんてこんなものさと殺し屋は心の中で思った。
「あんたね、お弁当泥棒は!」
「そうだ。俺だ。だ、だって、目立ちたいんだもん。お弁当を盗んだら、目立てるだろうから、だから」
「目立つといっても、お前名前からして目立ってはいけないだろう」
 ジナイーダがつっこんだ。
「うっ、胸にぐさっときた。け、けどぉ、けどぉ」
 ううっと殺し屋が泣きそうになる。
「ぼくだって、目立ちたいんだもん。ひどいや、ひどいや。ぐすん、あめ、あめちゃん……うー、負けない。まけるか、まけるかぁ!」
「なんだ、あれは」
 ジナイーダが子供のように泣きそうになりつつも飴を嘗めて奮闘する殺し屋に眉を顰めた。
「殺し屋は、口で言い負かされると子供返りするんですよ。で、飴を嘗めると自信回復するんデス」
「まったく、ろくでもないな」
「私のお弁当かえしてよ」
「弁当? それだったら、jokerが……いない! い、いつの間に、いなくなった!」
 殺し屋は混乱した。
 怪盗たるもの、気がついたらいないのはお約束である。
「もー、私のお弁当は! それに、そんな風にお弁当を盗んで目立とうなんて甘いのよ!」
「なんだと、この女がぁ」
 殺し屋がむっとした服からナイフを取り出して二階堂に向けて放とうとする。二階堂も、このときは驚いた。
 が、その瞬間、二人の頭上にはでっかい金タライが落ちてきた。
「いったぁ」
「〜〜っ」
 地味に痛い。
「なんだ、あれは」
「殺し屋は、よれぞっというときに頭にものがふってくるんデス」
 こっそりと二人から離れて難を逃れていたジナイーダにやはり二人から離れていた悪魔が説明する。
 なんで離れているかというと、この二人の言い合い、大変目立つからである。
「殺し屋としては腕はいいんですが、こういう性格なんでデス」
「はっきりというと、職を間違えているな。そして、宝の持ち腐れだな」
 ジナイーダが呆れたという顔をして言った。
 運動会に来ている人たちは、競争の応援しつつも、彼らを遠巻きまにみていたりする。ちなみに太助はお弁当しか目にはいっていない。たとえひまわりちゃんの姿になって、横には顔だけは美形の吸血鬼がヤマトナデシコといおうとも、まぁちょっとうるさいなぁ程度にしか思っていない。というか、眼中にない。
「もー、痛い! うう、けど、頭が冷えたわ。あなた、目立ちたいなら、そこのブルマ悪魔に頼んでブルマはいて、それに羽つけて歩けばいいのよ」
「そんなのただの変態だろうが!」
「そんなことないわよ。目立つわよ」
「目立ってもそんな変態はいやだぁ!」
「あまーい、あまいのよ。目立ちたいなら、努力しなさいよ!」 
「う、ぅうっ」
 殺し屋が落ち込み、そっと飴玉をとろうとしたとき、すかさずジナイーダが奪い取った。
「あー」
「こんなものがあるからだめなんだ、お前は」
 殺し屋がうなだれるのに、びしっと二階堂が殺し屋を指差す。そしてその指を空へと向けた。
「さぁ立つのよ。殺し屋! あの目立つっていう星がみえないの」
「今は昼間だ。まだ太陽が出ている」
「いいえ、目を閉じればみえるはずよ。あの目立つための星が! あなたは、それに駆け上がるのよ」
「そんなこといわれても」
「ほら、目立つ歩き方、目立つ武器の持ち方、がんばって取得するのよ」
「目立つ……」
 二階堂が微笑みながら殺し屋の肩にそっと手を置いた。
「あなたなら、できるわ」
「お前、いいやつだな」
「二階堂、こっちにこい」
「え、あれ? ジナイーダさん?」
 不意に燃える二階堂をジナイータが掴んで殺し屋から引き離した。
「うるさいぞー、おまえらー」
 不意に大きな影が差した。
 振り返ると、ドラゴン。
 このドラゴン、太助である。
 ちょっとうるさい横にいるヤマトナデシコの吸血鬼、ブルマの悪魔を追っ払うためにドラゴン化したのだ。
 尻尾でぺちっ。
 その一撃にお約束として殺し屋は見事に巻き込まれた。
 空に飛んで、きらん。
 真昼の空に三つの星が輝いた。
「ああ、殺し屋、あなた自身が星になって、どうするのよ! あ、けど、それは目立つわよ!」
 二階堂が叫んだのを聞いて、あの程度であればたかだかちょっと遠くに吹っ飛ばされた程度で星になることはないだろうとジナイーダは心の中でつっこんでおいた。

 そして、ここはコメディキャラ。三人とも大変タフであった。
「危なかった。あと少しで、目立つ星になってしまうところだった」
「ん? 帰ってきたのか。それも早々に」
 星になってからきっかり三分に戻ってきた三人にジナイーダは眉を顰めた。
「コメディキャラのタフさ、ナメチャイケマセンデスヨ! 星ニナッタトオモッタラ、モウ、帰ッテクル!」
「お前たち、はやくいい職を探せ。その体質を活かせる」
 ジナイーダは本当にそう思ってしみじみと言った。
「さぁ殺し屋、目立つ特訓するわよ」
「目立つ。目立つ。そうだ。目立つぞ。目立つ隊長、俺、やるぞ」
「ブルマ、ブルマは?」
「ぽんよす! あれー、もう昼だぞー。お前ら、お弁当食べないのか?」
 今までまったくなにがあろうともお弁当しか見ていなかった太助が声をかけてきた。両手にはしっかりとお弁当を持っている。
「え、あー、もう昼なんだ」
 二階堂が気がついた。
 周りの人々は、みんな、お弁当を食べている。みていると、おなかがぐぅと鳴る。
「うー、おなかへった。ちょっと殺し屋、あなた、私のお弁当、返しなさいよ。そろそろ」
「弁当? それだったら、だから、俺は」
「コレデアリマスネン?」
 吸血鬼が片手に持っている弁当を差し出す。
「カエスノタノマレマシタ、アッチコッチニにヤマトナデシコガイテスッカリワスレテマシタ」
「私のお弁当! 会いたかった!」
 差し出されたお弁当を二階堂はしっかりと抱きしめる。
「おなかすいたな」
「ん、お前ら一緒にたべるか?」
 腹に片手をあてて空腹の殺し屋に太助が微笑んで誘う。
「いいのか?」
「おう、おばあちゃんは、みんなで食べるようにって、たくさん作ったんだぞ。みんなで食べようぜ」
「お前、いい狸だな!」
「おう。いい狸だぞ。えっへん。お前たちも食べるか?」
「わー、一緒してもいいの? するわ。ねぇジナイーダさんも」
「そうだな。お邪魔させてもらおうか」
「ヤマトナデシコのお傍なら喜んで」
「ブルマの傍なら喜んで」
「玉子焼きが甘いなら、喜んで」
「おう、玉子焼きは甘いぞ」
「joker、いつの間に!」
「気がついたら、いる。それが怪盗ですよ。殺し屋さん」
 いつの間にかいたjokerが不適に微笑んだ。
 太助の持ってきた大きな座敷をひき、その上にそれぞれが腰を下ろすと、紙皿と割り箸を持ってそれぞれに持ち寄ったお弁当を食べ始めた。
 青空の下、ちょっと奇妙で、微笑ましいお昼の時間であった。

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました。
 このシナリオを書いてると、みなさんの美味しそうなお弁当の中身に、大変おなかがへりました。
 楽しかったです。
公開日時2008-11-05(水) 19:30
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